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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和43年(ワ)173号 判決

原告 柳谷龍司 外一名

被告 国

訴訟代理人 日浦人司 外五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告らの申立

1. 被告は原告柳谷龍司に対し、金一六〇万八、三九〇円、原告柳谷慶子に対し、金八〇万四、一九五円、およびこれらに対する昭和四三年七月一二目から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求める。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、原告らの請求原因

一、原告柳谷慶子は訴外柳谷栄の妻であり、原告柳谷龍司は右両名の子であるが、訴外栄が昭和四一年五月一六日死亡したので、原告両名がその相続人となつた。

二、(1)  訴外栄は、昭和三八年一二月一日訴外日本生命保険相互会社との間に、自己を被保険者とし、保険金額一五〇万円、保険金受取人原告慶子とする生命保険契約を締結したが、昭和四〇年一〇月五日、右保険金受取人名義を訴外古川武夫に変更した。更に訴外栄は同月二三日前記訴外保険会社との間に、自己を被保険者とし、保険金額二〇〇万円、保険金受取人訴外古川とする生命保険契約を締結した。

(2)  ところが、昭和四一年五月一六日、訴外栄が死亡したので、前記各保険金(以下本件保険金という)が支払われることになつたが、平戸税務署長は、訴外古川の滞納国税に対する滞納処分として昭和四一年五月三一日、前記金二〇〇万円の保険金請求権を差押えまた、長崎県住世保県税事務所長は、同訴外人の滞納地方税に対する滞納処分として前記金一五〇万円の保険金請求権を差押えた。

そして、平戸税務署長は同年六月一一日前記県税事務所長の差押にかかる保険金請求権について交付要求をして、同年九月六目右県税事務所長より金四一万二、五八五円の配当を受け、更に同年一二月一五日差押中の前記保険金請求権金二〇〇万円を取立て、合計金二四一万二、五八五円を徴収した。

三、(1)  訴外栄が右のとおり保険金受取人の名義を訴外古川にしたのは、訴外栄の訴外古川に対する若干の借受金債務を担保するためであつた。したがつて、保険金の支払を受ける場合は、これより右借受金を控除し、残額は訴外栄またはその相続人である原告らが取得することになつていた。

(2)  そこで原告慶子は、前記差押後直ちに平戸税務署に赴き、右各保険金受坂人名義が訴外古川になつているが、これは訴外栄の訴外古川に対する借受金債務を担保するためであるから、本件保険金で右債務の弁済に充当し、残額は原告らが取得すべきものであることを説明し差押を解除するよう申入れた。

(3)  本来滞納処分をなすに当つては、差押の目的が滞納者の所有に属するか否かについて相当な注意をもつてこれを調査すべき義務があるところ、本件保険金請求権は訴外古川の親族ではない訴外栄を被保険者とするものであるから、被告(所管平戸税務署長)は、訴外保険会社、訴外古川及び原告について調査をすれば、本件保険金請求権が貸金の担保に供されたものであり、かつ、本件差押当時、全く貸金なく、訴外古川の取得分がなかつたことを容易に知り得たのに、右調査を怠り、本件保険金請求権はすべて訴外古川に帰属するものと誤認し差押えをなしたことに過失があり、更に差押後原告慶子の前記申入れにもかかわらず、敢えて取立手続を行い、また配当要求をしこれを受領したことにつき重大な過失があるというべきである。

(4)  したがつて、平戸税務署長の右の違法な徴収行為により訴外栄の相続人である原告らはそれぞれ右徴収金額を相続分に従い分割した金額の損害を被つた。

四、よつて被告に対し、原告龍司は金一六〇万八、三九〇円、同慶子は金八〇万四、一九五円の各損害金とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四三年七月一二日から右各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。但し滞納処分の経緯は次のとおりである。

被告は訴外古川に対し、昭和四一年五月三一日現在別紙(一)、同年六月一一日現在別紙(二)の各滞納税額表記載のとおりの国税債権を有していた。

そこで平戸税務署長は、昭和四一年五月三一日別紙(一)の滞納国税について訴外古川の金二〇〇万円の保険金請求権を差押え、ついで同年六月一一日別紙(二)の滞納国税について国税徴収法八二条により交付要求をなし、同年一二月一三日右差押債権金二〇〇万円取立て全額前記滞納国税に充当した。

また、長崎県佐世保県税事務所長は、同年五月三〇日訴外古川の滞納県税について、同訴外人の金一五〇万円の保険金請求権を差押えていた。そこで平戸税務署長は、右県税事務所長に対し前記法条の規定により同年五月三一日別紙(一)の滞納国税について、同年六月一一日別紙(二)の滞納国税について、それぞれ交付要求をし、同年九月六日右県税事務所長より、金四一万二、五八五円の配当を受け、同日前記滞納国税に充当した。

三、同第三項(2) の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

滞納処分の経緯は前記のとおりであるから、平戸税務署長がなした右滞納処分には何ら違法も過失もない。かりに、原告ら主張のとおり本件保険金受取人を訴外古川名義にしたのが、債務の担保のためであり、清算時融資金があれば、それを控除した残額は、訴外栄かまたはその相続人である原告らが取得することになつていたとしても、右は訴外古川と同栄または原告らとの間の内部関係にすぎず、第三者である被告に対してはこれを主張することはできないから、平戸税務署長が右の関係を考慮せず、本件保険金請求権が訴外古川に帰属するものとして差押および取立を行つても違法ということはできない。

四、同第四項は争う。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、また同第二項の事実は、長崎県佐世保県税事務所長が差押をした日および平戸税務署長が交付要求をした日の点を除き、当事者間に争いがない。

そして〈証拠省略〉によれば、被告(所管庁平戸税務署長)は訴外古川に対し、昭和四一年五旦三日当時別紙(一)記載の滞納国税債権を有し、これにもとづき、平戸税務署長は前記のとおり同日金二〇〇万円の保険金請求権を差押え、さらに長崎県佐世保県税事務所長の同月三〇日差押にかかる金一五〇万円の保険金請求権につき交付要求をしたこと、また被告は訴外古川に対し、同年六月一一日当時別紙(二)記載の滞納国税債権を有し、これにもとづき、平戸税務署長は同日右差押にかかる二個の保険金請求権につき交付要求をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、原告らは、平戸税務署長が過失により本件保険金を訴外古川に帰属するものと誤認し、同訴外人の滞納国税のために違法にこれを徴収したものであると主張するので、以下この点につき判断する。

(1)  まず、前記のとおり、本件各保険契約の保険金受取人名義が訴外古川となつていたこと、訴外古川が訴外栄の死亡した当時生存していたことは当事者間に争いがなく、その他に保険金受取人の指定または変更がなされたとの事実についてはなんら主張も立証もないので、本件各保険金受取人は訴外古川であると認めるのが相当であり、同訴外人は被保険者である訴外栄の死亡により、訴外日本生命保険相互会社に対し、各保険金請求権を確定的に取得したものといわなければならない。

なるほど、〈証拠省略〉によれば、前記各保険契約の保険金受取人名義を訴外古川にしたのは、当時訴外栄が訴外古川に対して負担していた借受金債務を担保するためであつたことが認められ、その他には訴外栄を被保険者とする生命保険の保険金受取人を訴外古川とする特段の事情は認められない。したがつて、右事実によれば、訴外栄と訴外古川との間においては、まず訴外栄の訴外古川に対する債務が存在する限りは、訴外古川を保険金受取人とし、保険事故発生前に右債務が消滅したときは右の保険金受取人の指定を徹回する趣旨であつたものと考えられるが、訴外栄の死亡前に右債務が消滅し、保険金受取人の指定が徹回された事実は何ら主張も立証もない。また訴外栄の死亡により訴外古川が保険金を取立てたときは、訴外栄の右債務の弁済に充当し、残額があれば訴外栄の相続人に返還する趣旨であつたものとは考えられるが、このことだけでは保険金請求権が訴外古川に帰属することを否定する理由とはならない。

すなわち、保険金受取人名義を訴外古川とした目的が債務担保のためであつても、それは単に名義上ばかりでなく、真に訴外古川を保険金受取人とする意思であつたものと認められるから、訴外栄の死亡により保険金支払義務者(債務者)である訴外保険会社に対する関係では、本件各保険金請求権が訴外古川に帰属したものといわなければならないからである。そして他に右判断に反し、訴外保険会社に対する関係で訴外古川のみならず原告らにも保険金請求権があつたことを認めうる資料は存在しない。

(2)  次に、本件各保険金請求権の差押の許否について判断する。

ところで、すでに被保険者の死亡という保険事故の発生により具体的になつた生命保険金請求権は、通常の金銭債権であり、この差押を禁止する格別の規定もないから、被保険者の同意の有無に拘らず保険金受取人の債権者はこれを差押えることができるものといわなければならない。

そこで、本件についてこれをみるに、前判示のとおり、訴外栄は訴外古川に対し負担する債務を担保する目的で、同訴外人を保険金受取人とし、本件各保険金請求権を取得させることにしたものであり、保険金を右債務の弁済に充当したうえ残額は訴外栄の相続人に返還する趣旨であつたから、保険契約者で被保険者である訴外栄が本件保険金受取人の指定変更を自由になし得ることを前提として考えると、右は実質的には保険金請求権を信託的に譲渡して譲渡担保を設定したものと解される。ところで、一般に債権担保のために財産を譲渡した場合、第三者に対する関係では、その財産は完全に担保債権者に移転し、右債権者の一般債権者はこれを差押えることができると解され、このことは国税等の滞納処分による差押についても別異に解すべき理由はない。

したがつて、平戸税務署長および長崎県佐世保県税事務所長が納税者である訴外古川に対する国税又は地方税の滞納処分として保険金請求権者である訴外古川の訴外保険会社に対する本件各保険金請求権を差押えたことは何ら違法ではない。

また右差押の後、原告慶子が平戸税務署に赴き、本件各保険金受取人名義を訴外古川にしたのは、訴外栄の訴外古川に対する債務を担保する目的であつて、保険金を右債務の弁済に充当し、残額は原告らが取得すべきものであることを説明し、差押えの解除を中入れたことは当事者間に争いがないので、平戸税務署長は原告慶子の右申入により、本件各保険金請求権が担保の目的となつているもので、前記の譲渡担保財産であることを知つたか、またはそれに当る疑いを抱いたものと推認される。そこで国税徴収法上、徴収職員は譲渡担保権者の財産を差押えるに当つては、その財産についての第三者の権利を害さないように努め、差押換の請求を受けて、これを相当と認めるときは、その差押換を行わなければならないが、本件において前記のとおり仮に平戸税務署長が、本件保険金請求権が譲渡担保財産であることを知つたとしても、これだけで直ちに前記差押が違法になるものということはできない。

そして、前記の本件各保険金請求権の譲渡担保設定についての清算の特約も、具体的には保険事故発生時において、訴外古川は本件各保険金から訴外栄に対する債権額を差し引いた残額を原告らに返還する義務を負い、原告らは訴外古川に対し右残額に相当する返還債権を取得するに至ることを意味するのであるから、このような原告らの債権が訴外古川に対する租税債権に優先して本件各保険金から弁済を受けるべきいわれもなく、前記のとおり取立てられた本件各保険金から被告が配当を受けても、これを違法ということはできない。その他に、平戸税務署長の前記徴収行為が違法であり、また過失があつたと認められる証拠はない。

三、以上のとおりであるので、その余の点につき判断するまでもなく原告らの請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大久保敏雄 福嶋登 淵上勤)

別紙〈省略〉

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